契約書のリスクチェックをAIに任せたら、正解キーにない見落としまで拾ってきた

契約書のリスクチェックをAIに任せたら、正解キーにない見落としまで拾ってきた

契約書のリスクチェックをAIに任せたら、正解キーにない見落としまで拾ってきた

専任の法務担当がいない会社では、契約書のリスク条項(損害賠償の上限や自動更新条項など)を見落としていないか、契約を交わすたびに不安を感じることがあります。毎回弁護士に依頼するほどではないが、念のため誰かにチェックしてもらいたい、という悩みです。

契約書のリスクチェックをAIに任せる価値は、見落としが減るという効果ではありません。契約書を投入すると、自社の受入基準(チェックリスト)との逐条突合が必ず挟まる仕組みになったことです。これまで担当者の目視だけに頼っていた確認が、機械的な突合を経てから人の承認に来る流れに変わります。今回の検証では、この仕組みが実際に働いた結果、あらかじめ用意していた11件のリスク条項をすべて検出しました。さらに、事前には用意していなかった契約書の見落とし(業務委託契約書に損害賠償条項そのものが存在しないという抜け)まで指摘してきました。

Zemu(当社が開発するAIエージェントの実行環境)上にAI Workerを構築し、NDA1通・業務委託契約書2通、あわせて3通の契約書で検証したときの記録です。なお、今回のテスト契約書に仕込んだリスク条項や判定基準(正解キー)はAIが作成したもので、弁護士など専門家によるレビューを経ていません。

AIに任せるのは「チェックリストとの突合」まで

契約書のリスクチェックでAIに任せられるのは、次の2つです。

  • 自社の受入基準(チェックリスト)と契約条文の逐条突合
  • 該当条文の引用・重大度・修正の方向性を示したレビュー結果の作成

一方、次の2つは人に残ります。

  • 条項の有効性についての法的判断:たとえば競業避止義務が公序良俗に反するほど過大かどうかの判断は、AIにはできません。実際にWorkerも「弁護士への相談を推奨する」という形で人に差し戻す設計にしており、検証でもそのとおりに動きました
  • 契約を結ぶかどうかの最終判断:レビュー結果を踏まえて交渉するか、条件をのむかは人の仕事です

チェックリストには「当社が委託者か受託者か、開示者か受領者か」で、同じ賠償条項でもリスクの向きが逆になるという特徴があります。今回の検証では、自社が受託側の契約と委託側の契約の両方を用意し、Workerがこの向きを正しく判定できるかも確認しました。

誰が作り、誰が保守するのか

今回の検証では、Workerの構築(指示文の設計・承認ステップの設定)と、チェックリストのナレッジ(Zemuに業務データを保存しWorkerが参照できるようにする機能)への登録は、当社側で行いました。チェックリストを自社の基準に合わせて更新すれば、次回以降のレビューに反映される仕組みになっている点は、汎用のAIチャットに契約書を貼り付けて聞く方法との違いです。ただし、チェックリスト自体の作成・改訂にどの程度の専門知識が必要かは、今回の検証では確かめていません。

費用目安

利用するAIモデルや料金体系によって変わり、将来も変動するため、あくまで参考値です。今回の検証3スレッド(NDA・業務委託2件)の消費クレジット合計は、課金台帳の実測で3通合計約1.52ドル相当でした。1通あたりに均すと約0.51ドル相当です。この金額にはレビュー結果の作成に加え、PDFレポートの生成までの一連の処理が含まれています。

どう動かしたか:入力・参照・出力

3通のうち、業務委託契約書(システム開発、当社が受託側)を例にします。

Workerへの入力は、契約書のテキスト本文と「当社の立場」(この契約では受託者)です。この契約書には、次のようなリスク条項があらかじめ仕込まれていました。

  • 第5条:成果物の著作権について、既存のノウハウや汎用モジュールまで含めて全面的に譲渡し、著作者人格権も不行使とする条項
  • 第8条:競業避止義務が契約終了後3年間・日本全国・同種業務全面禁止という条項
  • 第3条:支払サイトが検収完了から90日以内という条項
  • 第9条:委託者のみがいつでも催告なく解除でき、賠償責任を負わないという片務的な解除条項

Workerは、この入力をナレッジに登録した「契約書チェックリスト(受入基準)」と突合します。チェックリストには11項目(CK-01〜CK-11)があり、たとえば知的財産権の帰属についてはこう定義されています。

ID

項目

受入基準

NG例

重大度目安

CK-04

知的財産権の帰属

成果物の著作権譲渡は個別成果物に限定し、既存著作物・汎用モジュール・ノウハウは譲渡対象外であること

既存ノウハウ・汎用部品まで含めた全面譲渡

CK-05

競業避止義務

期間は契約終了後1年以内、対象範囲(地域・業務)が限定されていること

終了後3年間・日本全国・同種業務全面禁止

CK-08

支払条件

支払サイトは検収完了から60日以内であること

検収後90日以内支払

CK-09

解除条項の対等性

無催告解除は重大な違反・破産等に限定され、双方対等であること

相手方のみの片務的解除

処理の流れは次のとおりです。

  1. 契約書テキストと当社の立場の入力(人)
  2. チェックリスト11項目との逐条突合(AI):条番号・該当文言の引用、チェックID、重大度、修正の方向性を整理
  3. レビュー結果の提示(AI):レポート確定前に、askツール(人間の承認を待つ仕組み)で必ず一度停止
  4. 内容確認と承認(人)
  5. レビュー結果レポートの出力(AI):md形式とPDF形式、法的判断の代替ではない旨の免責文言つき

この契約書に対して、Workerは第5条の全面的な知財譲渡をCK-04(重大度「高」)、第8条の競業避止をCK-05(重大度「高」)、第3条の支払サイトをCK-08(重大度「中」)、第9条の片務的解除をCK-09(重大度「中」)として、それぞれチェックリストの受入基準に沿った修正の方向性とともに提示しました。人が確認したのは、白紙のチェックリストではなく、この4件を含む逐条突合表と重大度つきのリスク一覧です。

実際の入力と出力(実物)

本記事の記事化にあたり、本検証と同一のシステムプロンプト・同一チェックリストを使うWorkerで、ケースB(システム開発の業務委託契約)相当のテスト契約書を再実行し、入力から出力までの実物を取得した(2026年8月4日、ダミー企業名)。以下はその実物である。

入力: テスト契約書(リスク条項の抜粋)

第5条(知的財産権)
1. 本件業務の遂行の過程で生じた一切の発明、考案、著作物その他の成果物に関する知的財産権(著作権27条及び第28条の権利を含む)は、乙が従前より保有するノウハウ、汎用モジュールを含め、すべて発生と同時に甲に帰属する。

第8条(競業避止)
乙は、本契約の期間中及び本契約終了後3年間、日本全国において、甲の事業と同種又は類似のシステム開発業務を自ら行い、又は第三者のために行ってはならない。

第9条(解除)
甲は、乙が本契約に違反したと甲が判断した場合、何らの催告を要せず直ちに本契約を解除することができる。この場合、乙は甲に生じた損害を賠償するものとし、甲は乙に対し一切の賠償・補償を要しない。

このほか支払サイト90日(第3条)を含む計4件のリスクを埋め込み、クリーンな条項(検収14日・秘密保持存続3年・反社条項・東京地裁管轄など)も混在させている。当社の立場は乙(受託者)。

出力①: チェックリスト突合表(CK-01〜11全判定)

ID

項目

判定

根拠条文

CK-01

損害賠償の上限

該当あり(NG)

第9条:乙の賠償義務に上限規定なし

CK-02

損害賠償の下限(委託者側)

適用対象外(当社は受託者)

CK-03

契約期間・自動更新

規定なし(欠落)

期間・終了時期の条項が存在しない

CK-04

知的財産権の帰属

該当あり(NG)

第5条1項:既存ノウハウ・汎用モジュールまで甲に帰属

CK-05

競業避止義務

該当あり(NG)

第8条:終了後3年・日本全国・全面禁止

CK-06

合意管轄

適合

第11条:東京地裁

CK-07

秘密保持の存続期間

適合

第6条2項:終了後3年

CK-08

支払条件

該当あり(NG)

第3条2項:検収完了後90日以内(基準60日超過)

CK-09

解除条項の対等性

該当あり(NG)

第9条:甲のみ無催告解除・片務的免責

CK-10

反社会的勢力の排除

適合

第10条:条項あり

CK-11

再委託

問題なし

第7条:書面承諾要

出力②: 検出リスク一覧(重大度「高」の抜粋)

条番号

該当CK

重大度

指摘と修正提案(要約)

第9条

CK-01

賠償上限なし・間接損害の除外なし → 「賠償責任は委託料総額を上限とし、間接損害・逸失利益は対象外」を追加

第5条1項

CK-04

既存ノウハウ・汎用モジュールまで譲渡対象 → 従前保有分は譲渡から除外し、必要範囲の利用許諾に変更

第8条

CK-05

終了後3年・全国・全面禁止 → 期間1年・直接競合する特定顧客向け業務に限定

埋め込んだ4件のリスクはすべて検出された。加えて、正解キーに含めていなかった「損害賠償条項の上限規定なし」「契約期間条項の欠落」も指摘として挙がっており、本検証(3通・11件)で観測した『正解キー外の真陽性を拾う』挙動が再現された。

出力③: レビュー結果レポート(PDF・実物)

契約書レビューレポート 1ページ目(Workerが生成した実物)
契約書レビューレポート 2ページ目(Workerが生成した実物)

レポートは承認後に md と PDF で自動生成され、末尾には「本レポートはAIによる一次チェックであり、法的助言ではありません。最終判断は弁護士等の専門家にご相談ください。」という免責が毎回入る。

検証でどんな結果が出たか

3通の契約書(NDA×1、業務委託契約×2)に計11件のリスク条項を仕込み、正解キーを実行前に確定した上で検証しました。

検出率と誤検知

11件全件を検出し、見逃しはゼロでした。あわせて、標準的な条項(正解キーに含めなかったクリーン条項)を誤ってリスクとして指摘するケース(誤検知)もゼロ件でした。

これはチェックリスト11項目・埋込11件という今回の検証条件での結果です。出題した側(検証者)と採点した側が同じAIであるため、実際の契約書レビューでの見落としがゼロになることを示すものではありません。

なお、賠償責任の向きが逆になるケース(自社が受託側で自社の賠償上限が無制限になっている条項と、自社が委託側で相手方の賠償上限が低すぎる条項)についても、Workerは正しく向きを区別して判定しました。

正解キー外の検出(5件)

Workerは、あらかじめ用意した11件以外にも5件の指摘をしました。内訳は次のとおりです。

内容

評価

業務委託契約書に損害賠償条項自体が存在しないという指摘

正解キー作成側の網羅漏れをWorkerが拾った、実質妥当な指摘

NDAへの反社条項の追加提案

チェックリストの仕様には忠実。NDA実務では省略も一般的で、判断が分かれる

委託先への競業避止条項の追加提案(欠落を重大度「高」として指摘)

チェックリストの意図(過剰な競業避止の検出)とは逆方向の適用で、過検出寄り

契約期間・終了時期の未記載についての指摘

Worker自身が「参考指摘」と区別しており妥当

著作者人格権不行使の欠落についての軽微な追記提案

妥当

チェックリストに無い一般的な気づき(外部専門家への開示制限、準拠法、印紙税、インボイス、準委任と請負の別など)は、指示どおり「チェックリスト外の参考指摘」として区別して報告されました。

所要時間

Worker自体の処理時間(投入からレポート出力まで、承認待ちの時間は除く)は次のとおりでした。

契約書

投入〜レビュー〜承認依頼

承認〜レポート出力

合計

NDA

3分16秒

9分26秒(PDF生成が一度時間切れになり、Workerが自動で再試行して復旧)

12分42秒

業務委託(開発)

2分04秒

2分49秒

4分53秒

業務委託(マーケ支援)

2分25秒

4分24秒

6分49秒

合計

7分45秒

16分39秒

24分24秒

人間の作業は、契約書の貼り付けと、askツールで提示されたレビュー結果を読んで承認することだけでした。

参考として、非専門の総務担当者が同じ11項目のチェックリストで逐条突合し、修正案まで文書化する場合の所要時間を、条文数と作業内容から見積もると、1通あたり40〜70分、3通で2.5〜3.5時間程度になります。この見積もりは実測ではなく、通読・突合・修正案作成それぞれの作業時間の想定に基づく推定です。Workerの処理時間(3通合計24分24秒、無人実行)に、人間の承認判断の時間(約15〜30分)を加えた実働時間と比べると、実働ベースではおおむね1/4〜1/6という計算になりますが、この比較は推定値との比較である点にご留意ください。

この検証で言えないこと

  • テスト契約書の正解キーはAIが作成したもので、弁護士など専門家によるレビューを経ていません。検出率100%は「事前に定義した11件を全て拾った」ことを示すもので、実際の契約書における見落としがゼロになることを保証するものではありません
  • チェックリストの書き方が検出の精度を左右します。たとえば競業避止条項の「欠落」を高リスクとして指摘した今回のケースは、チェックリストの意図(過剰な競業避止条項の検出)とは逆方向の適用で、解釈のブレが生じています。どの立場で、存在・欠落のどちらをNGとするかを明記するほど精度が上がると考えられます
  • 検証件数が3通・11件のため、誤検知が発生する条件やその割合を一般化して評価できてはいません。今回はたまたま誤検知ゼロでしたが、条項の書き方が変われば結果は変わり得ます
  • レポート番号が3通とも同一になりました。検証環境ではスレッドごとに実行環境が分かれ、連番が通らないためです。実運用で契約書ごとに一意の番号を振るには、別途の採番管理が必要です
  • 費用は今回計測していません
  • リプレイ記録のブラウザでの目視確認は行っておらず、API経由でメッセージや成果物、タイムスタンプを確認したものです

導入前に確認しておきたいこと

契約書には取引先名や取引条件など、外部に出したくない情報が含まれます。AIエージェントやSaaSの導入前には、入力データが他の目的に使われないか、どこに保管され誰がアクセスできるかを提供元に確認することをおすすめします。

また、契約書のレビューには法律に関わる論点が伴います。契約類型によっては下請法など特定の法令が関係する場合があり、今回のチェックリストの支払条件基準(検収後60日以内)もその趣旨を踏まえたものです。ただし、ある契約が下請法の対象になるかどうかは取引の実態によって変わるため、個別の判断は専門家に確認することをおすすめします。

加えて、契約書のレビュー結果を「法的な助言」として提示することには注意が必要です。弁護士法(弁護士以外の者が報酬を得て法律事務を取り扱うことを制限する法律)は、非弁護士が個別の法律判断を行うことを制限しています。そのため、AIによる契約書チェックはあくまで一次的なスクリーニング(自社基準との突合)にとどめ、条項の有効性についての法的な判断や最終確認は弁護士など専門家が行う前提で運用することが重要です。今回のWorkerも、レポートに免責文言を付けた上で、法的判断が必要な論点は専門家への相談を促す設計にしています(免責文言の具体的な記載内容は今回の検証記録では確認していません)。この設計が弁護士法との関係で十分かどうかは、今回の検証範囲では判断していません。

次の一歩

自社の契約書チェックにどこまでAIが使えそうか気になる方向けに、無料で相談できるチャット窓口をご用意しています。 こちら からお気軽にご相談ください。

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